【ゲストによる卓話】特定非営利活動法人出雲学研究所 理事長/荒神谷博物館 館長 藤岡 大拙 様

特定非営利活動法人出雲学研究所 理事長/荒神谷博物館 館長 藤岡 大拙 様

令和5年10月14日の朝日新聞「天声人語」に出雲弁が取り上げられました。
「だんだん」や「しえたもんだ」が紹介され、細田博之衆議院議長の辞任会見を評して「まさに『しえたもんだ』である」と締めくくられました。出雲弁が全国紙で取り上げられたのはほぼ初めてのことで、NHK 朝ドラ「ばけばけ」でも出雲弁が紹介され、全国的に関心が高まっています。さて、出雲弁の代表として「だんだん」がよく挙げられますが、実はこれは日本国語大辞典にも載っており、京都の遊里での挨拶「へい、おおきに、だんだん、ありがとう」から生まれた言葉です。「おおきに」は関西一円に、「だんだん」は西日本広く鹿児島まで広まったもので、純粋な出雲弁とは言い難い。むしろ「しえたもんだ」のような独自の言葉を掘り起こして広めることが大切だと思います。

出雲弁の特徴は大きく3つあります。
一つ目はアクセントとなまりです。出雲弁はフラット、またはお尻にアクセントをつけますが、標準語は頭にアクセントをつけます。NHK のアナウンサーが赴任してきて「鰐淵寺」「カマキリ」「天照大御神」を頭高に読むと、リスナーがそれを正しいと思い込んでしまう。これが標準語化の流れです。またズーズー弁という発音の特徴もあります。東北地方の方言とされていますが、出雲弁は西日本でただ一つのズーズー弁です。出雲弁は鼻音がない点が異なります。「数珠(ずず)」「まんず」「ずんべら」などがその例です。さらに母音も独特で、「あいうえお」が「あ・い(え)・え・え・お」となり、「う」が「お」に変わります。「シ」と「ス」が中間の「スィ」になるため、「寿司」「獅子」「すす払い」がほぼ同じ発音になる。出雲人はこれを文脈と表情で聞き分けており、常に相手をよく観察しながら話すこの習慣が、脳の老化防止にもつながるのではないかと思います。

二つ目は語彙の豊富さです。平田の槇野先生が患者との会話を記録して作られた「出雲弁辞典」には約8,500語、加茂の加藤義成先生の原稿には約2,500語が収められています。この差は「だんだん」のように他地域でも使われた言葉を出雲弁に含めるかどうかという編集方針の違いによるものです。私自身も両方を合わせて約3,000語の辞典を作りました。語彙が豊富な理由は、出雲が千数百年前に大和朝廷に敗れた後、外からの言語を取り入れず古い言葉を溜め込み続けたからだと考えています。荒神谷遺跡から358本の銅剣、加茂岩倉遺跡から39個の銅鐸が出土したことからも、かつての出雲が圧倒的に繁栄した国であったことは明らかです。その大国が敗れた屈辱感と敗北感が、外の文化を拒み、古いものを守り続けるという姿勢につながり、結果として語彙の豊富さに表れていると思います。

三つ目は穏やかな語り口です。出雲弁には怒りや喧嘩腰の表現がほぼありません。これも同じ理由によるものです。閉じた集落の中で先祖代々暮らしてきた出雲人は、隣のおっさんとは生まれた時からの知り合いで、喧嘩したら一生不愉快です。だから少々のことはグッとこらえ、表面は穏やかに振る舞う習いが身についた。言葉も自然と柔らかくなり、相手の顔色や眉間のわずかな動きまで読み取りながら話す「忖度の力」が出雲人には備わっています。安倍総理の時代に「忖度」という言葉はあまりよくない意味で使われましたが、本来はまことに良い言葉で、相手を思いやりながら言葉を選ぶこの姿勢こそ、今の時代に全国的に求められているものではないでしょうか。「言論の自由」を盾に喧嘩腰の発言が正当化されがちな現代だからこそ、出雲人がもともと持っているこの穏やかな語り口は、大変な特技であり誇りであると思っております。ご清聴ありがとうございました。